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2009.08.30 (Sun)

続・宝塚舞台版のことと、思うモロモロなこと(^^;

前回の舞台感想の続きといいますか、何か中途半端な終わり方をしていたのでまとめます、はい。それと、モロモロちょこっと(笑)

ドラマ制作者は伝えたいことや表現したい事があるからこそ制作し放映したわけですが、如何せんドラマでは始終「だから何!」「えっ、それで・・・!?」「ちょっとまったぁ!アンデー!!」と、今ひとつもふたつも判り辛く、何が原因って・・・個人的には「四神」というか「神器」に構い過ぎたことと、構ったはいいけど構いかたが今ひとつというか「神器を収集すること」に時間をかけすぎて、結局「四神って何さ?」「神器が揃ったらどうなるのさ?」「チュシンの王になったらどうなるの?」みたいな、ものすごーく根本的なことにも果てしなく疑問符だらけになったことかと思うんですが。(^^;)
その点、チュシンの星(王)もそうだけど、登場人物が神話時代からの生まれ変わりであることとか、四神がどうのとか、そういったものが宝塚星組版ではサラっと流され、ドラマでの「ひっかかり」部分を極力排除してシンプルにシンプルにと作られたのが功を奏したと思います。

ドラマ感想の時にも書いたような気がしますが、この物語「神と人間の、支配する側される側としての関係の是非」や「神の力を借りずとも人は知恵を絞り学び生きていける、そんな世はできるのか」とか、いろんな苦難を乗り越え王として、人間として成長していく一人の男の成長物語とか、遥か昔、神によって背負わされた運命に翻弄される男と女みたいな、ホント要素的には面白く見れるし拡がりも出るそんないい題材であるのに、料理できてない。つくづくもったいなかったところを、ポイントを絞ってシンプルにした事が勝因(勝ち負けかい?)のような気がします。
ラストの処理(だから処理って・・・)についても、キハの肩につけられたファチョン会の刻印も、タムドクが触れると消える設定にした舞台版。タムドクは神器を手放し、黒朱雀化したキハを抱きしめることでキハを救い、同時にこの世を救った。そこに神の意思はなく、あくまで人間・タムドクとして決断したこと。リスクを背負うことも承知のうえ、何千年と続いた言ってみれば神の呪縛から解き放たれ真に人間社会を作り上げていく、そんなストーリーの核を表すためにも、タムドクとキハはこの世界に戻ってきたんだということが表せていて納得!のラストでした。

で、ドラマになかったお歌の部分ですが、王になることに正反対の気持ちを持つタムパパとタムドクが歌う「蒼穹の彼方」や、まだチュシンの王など夢物語だった時のタムドクとホゲが歌う「君が王なら」は、それぞれの思い率直に歌われていてとても良かったです。特にタムドク、キハ、ホゲが三重奏となる「チュシンの星のもとに(王の目覚め)」は、3人の声質もあっていて、またタムドクパートで「人と人が永遠に愛し合える国、人と人が信じあえる世界、それが私のチュシンの国」と歌うなんて、正にドラマの核を突いていてホントにもう「恐るべし宝塚!」って感じになりましたよ。(笑)

それにしても、ここまで舞台としてハマルなんて思ってませんでしたし(失礼!)きっと何度再演しても色あせずに続けていける題材だと思いました。それこそ「ホゲ編」とか不本意ですが(^^;)「スジニ編」とかも充分可能だと思いましたね、いや、ホント。

そうそう、前回のエントリで、タムドクが宮殿に篭りっきりでホゲが町で遊んでいるといったドラマと逆パターンに「これもいい!」と書きましたが、この設定はやっぱりドラマの方がしっくりくることに気がつきました。宮殿を抜け出し市井の人々の生活を見ることで、貧しくとも一人ひとりに生活があり愛する人、守りたい人がいることを知る。それが後に「死ぬな、生きて私の元へ返れ」という言葉に繋がったと思うし、逆にホゲは母の死後、心を閉ざし他人に寄り添うこともできず、母のように「王になれ」といってくれたキハに執着し、ただただ「王になる」事だけを目的に突き進んでしまう、そんな悲しいホゲの姿がハッキリと現れるからかな。
とまあ、つらつらと感想を書いてみました。個人的には思わぬ拾いものをしたって感じでしょうか・・・宝塚ファンの方、すいません(^^;)

で、モロモロ話の方ですが・・・
そういえば、来月末にまたもや来日しアニメと紀行本のイベントをされるようですね。当然ながら日程的に上期末の月末でもって平日の夕方なんて時間帯のイベ、地方の会社員にはムリ(笑)週末のドーム借りられなかったのかと推察されます。この時期、まだ野球ってやってるんでしょうね(すいません、興味薄くて)それもまあ2日間、タイトル的に「それしかないのか&またかいっ!」と「2時間なにするつもりだ?」という感想しか出てこなかったのでチケ取りに参加すらせずっていうかなんというか・・・
現在は静かに見守るスタンスです、はい(笑)

確かに昔、このblogでも「ワーワーキャーキャー」書いてた時期には(笑)「ドームでファンミ、如何でしょう!」なんてことも言ってました、ええ。(遠い目)でもね、ものには「旬」というものがあって、(食べ物なんかは、今や年がら年中「旬」無視して手に取ることもできますが)それでも四季のはっきりした日本は特にこの「旬」を無意識のうちに気にするというか・・・まわりくどくて何がいいたいかっていうと(苦笑)、ん~と、イベントやるのは結構ですが、今、ドームは違うだろ!一言でいうと、ま、そういうことです(苦笑)なんか奥歯にものの挟まった書き方ですね。この手の事を書くのって久しぶりなもんで、書き方?斬り方?忘れちゃったかも(笑)

それより、来日するならもうちょっと日程考えて、この宝塚版『太王四神記』を観劇していただきたかったと思うわけで・・・本人もドラマの終盤はストーリー的に不完全燃焼だったようですし、これを見て日本人の考える最終話なんてものを知るのもよかったのではないかと思ったり。でっかいお世話だとは思いますが(苦笑)
なんならトモトモさんと私が観劇後に膝詰め小一時間の「視聴者から見たあーだこーだ」を詳細に本人に伝えるってものありかと(ナイナイ!苦笑)
いやいや、マジメに話しますよ私達、ねぇトモトモさん!(ムリヤリ引きずりこむ 笑)
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*Comment

■もちろん参加します

もちろん参加します。語りたい。てか本人に会いたい。でもイベントに参加する気はない。そして話すならホントは監督とか脚本家とかにするべきか…?

それはともかく、私も星組版を先日観劇してきました。
今週もう一度行くので(^^)そこで記事をまとめたいと思っています。

生徒のニンもあってタムドクは花組版よりさらに凛々しく男臭いイメージで、
ヨンジュン氏のあのなんとも言えないほんわかした昼行灯ぶり、
ソフトな悩める美青年っぷりってのはやはり彼独特のものだったんだなーと
しみじみ思ったりしました。

個人的には大好きなホゲのキャラがこれまた生徒に合わせて
かなりソフトになった感じがしたのがやや違和感で…
花組版では婚約披露の場で「ホゲ、キハに冷たく口付ける」って
演出があったのに、そこそこがマイ・ベスト・ホゲ・シーンだったのに、
今回はなかった!そしていまわの際に
「指一本触れていない」発言…!
イヤそれはそれでせつなかったですが…!!

イヤでも歌劇団的にも「めっけもの」の原作だったと思います。
長く再演されていく演目になるとうれしいな~
トモトモ |  2009.08.31(月) 13:55 |  URL |  【コメント編集】

■監督が夢らしいので・・・

確かに監督や脚本家に話すのが本筋でしょうが、まっ、本人はいずれ「監督」稼業に足つっこみたいみたいなので、ここは一つ、事前レクチャーもありかと(笑)ってどんだけ上から目線ですか(^^;)

トモトモさんの「星組版」、HPで拝読しました。当然ながらそれぞれの組によって多少の違いはあるでしょうが、再演ということもあって今回はかなりこなれてスッキリ観やすくなっていたようですね。
機会があれば組違いのバージョンも是非観てみたいと思いました!

話はちょっと飛びますが、こういう風に彼の関わった作品が単に「配信」されるのではなく、他国でブラッシュアップされ(あれ、使い方違うか^^;)そこで新たな命を吹き込まれて根付いていく。こういった積みかせねが、国境を越えてアジア全体の文化の交流を望む彼の思いの助けにちょっとでもなっていればいいなと、思いました。
sera |  2009.09.07(月) 00:26 |  URL |  【コメント編集】

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