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2005.08.17 (Wed)

『PLAYZONE2005 TwentyYears』を観て

なにげに「少年隊」です(笑)

友人にファンの子がいて、普段なかなかゆっくり会えないもんだから、都合がつけばこの時期にこの「プレゾン」を観て、しゃべってご飯食べて近況報告というのをここ2、3年やってます。
メインはどっち?てなことはおいといて(^^;)

今年は20周年だそうで、なかなか見ごたえがありましたね。 
だってヒガシがワイヤー吊りでクルクルクルクル頭上で回るんですもん!
ビックリ大サーカス?いやアレグリア?それともキダムかと思いました(笑)

ミュージカルと銘打っていますが、う~ん、どうでしょう?
さっきまで敵役じゃなかったのか?元光GENJIの赤坂くんと佐藤くん(実はよく知らないけどローラースケート履いてた!はは)というようにストーリーはあるようなないような・・・
でも、いいんですきっと(笑)イッツ・ショータイム!ってことで。
そうそう二部形式になってて、その二部は「仮面舞踏会」とか「まいったね今夜」といったヒット曲メドレーで(この2曲位しか口ずさめない 苦笑)舞台の上は豪華絢爛まさに「ショータイム☆」ジュニアと呼ばれる子達も、いっぱい出ててそれだけでも「ジャニーズの底力!」って感じです。

にしても、どんなにノレル(にもいろいろありますが ^^)曲でも、総立ちにはならないところが素晴らしい!客席の年齢層も今年は結構ばらけてたような気がします。隣の席の子は佐藤アツヒロくん(フルネーム今判明 ^^;)が出ると前傾姿勢になってたのでファンと見た!
とはいえ、さすがに客席通路を少年隊三人が走り、射程距離(って何の?)3メートルとかで立ち止まって歌うと皆立ち上がります。ええ、私もつい(^^;)だって「そこ」にヒガシですもん、根はミーハーですし(笑)

そんなこんなの少年隊。
思うんですけど、バカにしちゃいけないよジャニーズ!って感じですね。
彼らは舞台で踊り歌います。
歌はともかく(苦笑)踊りに関しては、本人の努力がストレートにでるかと。
昨日より足を1cm高く上げたいと思ったら、それはやっぱり練習あるのみ?
昨日よりカッコよくターンを決めたいと思ったら、それはやっぱり練習あるのみ?
きっと「もう一度!もう一度!(byヨンヨン)」を心で連発して出来ることだと思うし・・・
それに、ちっちゃなジュニアの子達ですら持っているステージ上でのサービス精神。
本当の意味でスポットライトが当たるのは一握り。きっと彼らは充分にそれを理解してこの日もステージに立ってるんだろうなと思うと、やっぱすごいんでないかい、ジャニーズ?とお姉さんは思ったりするわけで(笑)

いやーなかなか勉強になる今年のプレゾンでした・・・
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2005.08.06 (Sat)

『夕凪の街 桜の国』 そして 『父と暮らせば』

見ず知らずの会ったこともない人たちから「あなた達なんか死ねばいい」と思われた。
60年前の今日、ヒロシマで起こった出来事はそういうことなのでしょうか・・・

初夏の頃、本屋さんで今年の手塚治虫文化賞大賞に選ばれた「PLUTO(浦澤直樹氏著)」と、同賞の「新生賞」に選ばれたこの『夕凪の街 桜の国』が並んで平積されていました。
作者の「こうの史代」というマンガ家を知っているわけでもなく、もちろん他の作品を読んだ事もありません。
表紙からしてパステルタッチのやさしい絵柄。そこからは声高に何かを叫ぶといったものは感じられません。けれど100ページにも満たない薄いそのマンガは、作者自身のあとがきにもあるように「人の親切に触れて、好きな人に出会って、そんな何気ない人生がいかに貴いものか」を、そしてあの一瞬が「終わりではなく始まり」であったと改めて教えてくれます。

『夕凪の街』はあの日から10年後、広島に生き残り母と二人で暮らす皆実が主人公。
『桜の国1、2』は、皆実のめい七波が直面した祖母の死と広島への旅を通して感じるあの日のヒロシマが描かれています。

皆実は同僚の打越から思いを告げられ、幸せになりたいと心で願う。けれどそれはそのまま「あの日」死ねなかった、生き残ってしまった罪悪感を呼び起こしてしまう。
誰かに「死ねばいい」と思われていた存在であったこと。そう思われたのに生き延びてしまったこと。
10年経って皆実の命を奪う原爆症。彼女は言います。
「嬉しい?10年経ったけど原爆を落とした人は私をみて「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?」

人はよく「生きる意味」を考えます。何故この世に生を受け、そして何故生きるのか?
皆実の最後の問いかけはその逆です。
「死んでいく意味」、何故あの日死ねなかったのに10年経った今死ななければならないのか。そこには意味を持てずに死ななければならない皆実の悲しいまでの叫びがあるように思えます。

「あんとき広島では死ぬるんが自然で生きのこるんが不自然なことじゃった」
これは昨年岩波ホールでみた映画「父と暮らせば」の中の美津江(宮沢りえ)のセリフです。
もともとは井上ひさし氏の舞台戯曲を映画化したものですが、『夕凪の街』と同様、悲惨な描写もなければ、声高に叫ぶこともありません。ただ淡々と日常が流れています。

美津江も生き残ってしまった1人です。目の前に幸せがあるのにどうしても最後の一歩が踏み出せない。「この3年は困難の3年。生きてきたことだけでもほめてやって」そう叫ぶ美津江に亡霊ではあるが父・竹造(原田芳雄)が現れ「おまいは病気なんじゃ。病名はうしろめとうて申し訳ない病じゃ」という竹造の言葉は沁みます。
そして竹造の分まで生きることで、美津江は「再生」していきます。

『夕凪の街 桜の国』 
トータルでも100ページに満たない、とても薄いマンガ本です。 
そして『父と暮らせば』も登場人物はたったの3人で、CGもなければ大層なクライマックスがあるわけでもありません。

けれど、どちらもどれだけ月日が経とうとも、忘れないで次の世代へと繋いでいくべきものは確かにあるんだということを改めて気づかせてくれました。
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