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2005.05.30 (Mon)

『スカーレットレター』 キツくて哀しい・・・

【緋文字】(The Scarlet Letter)
神の道に背いた者が見せしめに胸に縫い付けられる大きな真紅「A(Aduitery姦婦)」の文字を指す。

『甘い人生』と『スカーレットレター』
同じような開始時刻。さて、どちらを見ようかとしばし思案の後、何となくバイオレンス系を避けたい気分だったので、こちらを選んだのですが・・・

本編が終わりキャストクレジットが出始めると、私は即座に席を立ちました。それ程正直この映画、私にはキツかったです。「つまらなかった」とか「役者が全然ダメだった」とかじゃなく・・・ストーリーは決して目新しいものだとは思わないし、描かれている殺人事件の犯人にしても、最後に明かされる主役3人の本当の関係にしても驚きはありません。でも・・・

エリート刑事のギフン(ハン・ソッキュ)はチェリストの妻スヒョン(オム・ジウォン)を愛してはいるが、スヒョンの同級生(これが最後に効いてきます)でジャズバーで歌手をしているカヒ(イ・ウンジュ)と不倫関係にある。愛して結婚したのはスヒョンだけど、学生時代に先に出会っていたのはギフンとカヒの方。
ある日、写真館の主人が殺された事件を担当することになったギフン。彼は被害者の妻キョンヒ(ソン・ヒョナ)と関わることになってから、彼のスヒョクへの、そしてカヒへの愛がどうしようもない迷路に入っていく。
スヒョクの妊娠・カヒの妊娠。誰が誰を愛しているのか。ギフンはスヒョクと子供の為に一度は捨てようとしたカヒを、それでもどうしようもなく愛していることに気がついた時から、愛の均等が崩れ、ギフン・スヒョク・カヒそれぞれが破滅への道を転がり落ちていく。そして衝撃的な結末。

撮影に三日間かけたというクライマックスの「トランクシーン」
ほんの少しいつもと何かが違った。ギフンとカヒは湖畔に止めた車のトランクに閉じ込められてしまいます。身動きすることすらままならない狭い空間で、人間の、愛の罪がどれほどのものなのかがこちらに突き付けられているようでした。

愛していれば全てが許されるのか・・・
確かに1つの愛の極限の状態であろうシーンだとは思うけど、こういった表現でしか「愛すること」つまりは人の「原罪」を表現できなかったのでしょうか。
監督がここまでこだわった理由が判らない。
見ていてこちらの神経までキリキリしそうで、それで何ていうか・・・そう、むせかえるような血の匂いがこちらにも漂ってくるような錯覚に陥って・・・私はダメでした。
これから見ようと思っている方は、少なくとも精神状態がベストな時の観賞をお勧めします、いやホントです。

何か書くのもしんどいって感じですね(苦笑)

ハン・ソッキュさんは、妻と愛人との間を上手にいったりきたり(してるつもりです、実は)する、妙に自信家ぶったエリート刑事、サスガに巧いと思いますし、例の「トランクシーン」にしても「観客に地獄を見せるつもりで挑んだ」といったとか。
ええ、有言実行ってやつですね。
「二重スパイ」以降2年ぶりに本作品でスクリーンにかえってきたけれど、ん~今後どうなんでしょうね。心配です。

そして・・・私はイ・ウンジュさんの作品を見たことがありません。(ブラザーフッドもバンジージャンプも未見です ^^;)
この映画の前半、彼女は本当に魅力的だったし、カヒという女性を余すところなく演じていたと思います。特に最初の登場シーン。舞台でジャズを歌っている彼女はアンニュイでそれでいて笑顔も可愛くて思い返してもホッとします。「若いけどいい女優さんだなぁ」素直にそう思いました。

残念なことに、彼女はこの映画を撮った後、自らの命を断ってしまいました。この映画が遺作となってしまった為、それこそ原因がこの映画にあるような報道がなされていました。確かに、ベッドシーン1つとってもかなり激しい描写ではあるし(とは言ってもハリウッドのようにあからさまではありません)思い悩むことも多かったであろうことは想像できます。
またクライマックスの「トランクシーン」を演じたことで、現実と役の狭間から抜け出すことが難しくて精神的に辛い思いをしたのかとも思います(見ているだけの私ですら相当キツいのだから)

でも、どう思い返したところで本当の理由なんて誰にも判りません。ひょっとしたら本人にも判らないことなのかも知れません。けれど、1つ判っていることは「イ・ウンジュ」という女優さんの新たな姿を2度と見ることはできないということ。
これは本当に残念なことだと、改めて思いました。
私は遅くして彼女を知りましたが、今、彼女の魂が安らかであることを祈ります。
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2005.05.25 (Wed)

『パリの恋人』 ~別れの理由編~

今回は「秘密」から繋がるテヨンの行動と別れのあれこれについて書きたいと思います。その前にひとつ・・・

個人的には「もったいつけた秘密がそれかいっ!」と思いっきり突っ込んでしまったハン家のいえキジュの「秘密」。キジュが自分の出生の秘密を知り、キヘの店へいく場面があります。この時点でキヘはまだキジュが秘密を知っているとは知らない。キジュは黙ってキヘの、母の手を握るのだけれど、言葉を出すと「溢れる思い」がとめどなくでてしまうと思ったのか、指を、本当にぎこちなく、でも暖かさを求めるように探る仕種を見せます。はい!ここ「クラッ」ときました(笑)19話にして始めてキジュに「クラッ」と・・・すいません、遅くて。いえね、キジュってどっちかっていうと体格が「ガッチリタイプ」でしょ?え、基準は・・・っとヨンヨンです(←すらっとタイプ笑)
なのに指が長いの(笑)で、この指の出番をずーっと待ってたんです!いや~よかったです。キジュの指(って指だけ?)

で、テヨンです。彼女もキジュがユナを激怒りさせたお陰でキジュの秘密を知ってしまいます(ユナがはめていた婚約指輪を投げ捨てたエピソード。個人的にはこのキジュのとったある意味乱暴すぎる行動を支持!指と同時にこの揺れないキジュの意志にもクラッと ^^;)。この時点でキジュ自身はまだ知らない。で、ユナはテヨンに「秘密を公にされたくなかったらキジュと別れろ」と、まあ当然の要求をしてきます。で、これまた当然のように、テヨンはキジュを傷つける事は出来ないとユナの要求を受け入れ、自分から別れを切り出します。もう疲れた、お義父さんにもお姉さんにもユナにも、全てに疲れたと。ええ、この辺ぐずぐずに(泣)でした、私。

ただ、この別れを切り出す場面も、見てたら「ははぁーん!」と判るシチュエーション(笑)デートの途中にキジュにアイスを買いに行かせ、その間に姿を消す。くくっ!定番です(笑)でも、定番なんだけど・・・片方はこれから切り出す別れに胸のうちは切なさ満開。方やそんな事とは全く知らずに、今のこのデートを楽しんでいる。この相反する気持ちを持った二人のデートシーンは、どちらに肩入れしていたとしても辛い!そしてテヨンは「私を見失ったでしょう」とかなんとか吹き込んだカセットを残してキジュの前から姿を消す。辛いな~キジュ。この時の本当に迷子になったような心細げなキジュの表情・・・(泣)

でこの後、私の頭の中ではテヨンは家に引き返し荷物を取ると、そのまま空港へ行き、そしてパリ便の搭乗案内が流れるか、チケットがちらっと映る。とまあ、こう想像していたんです。百歩譲って、いきなりパリは無理でも少なくとも暫くは身を隠すだろうと・・・
違うやん(苦笑)なんでいつも通りに出勤するのよ!すぐキジュに連れ出されてるやん!(笑)というか出勤するけれど顔会わさず韓ドラお得意の「恐いくらいのすれ違い」が連発したら、それはそれで・・・ん~真昼のホラー(苦笑)ここ、私には理解不能でございます、いやホント。
でもね、テヨンの行動は?だけど、この後のテヨンとキジュの別れる事に対してのいろいろな言葉のやり取り。実は結構好きです。これは次回に(笑)

で、話は飛んでようやっとテヨンはキジュのもとを離れてパリへ旅立とうとします。ええ、キジュには言わずに!これ、お約束です(笑)でもやっぱりそこは保険をかけて(苦笑)有能な秘書のスンジュンに手紙とカメラ渡し、キジュに渡してくれるよう頼みます。何かある!有能だけあって即座にテヨンの出発時刻を調べるスンジュン。いや~スカウトしたいです、スンジュン!って何処に?
そして空港。すんでのところでキジュはテヨンを捕まえますが、結局テヨンを望み通りにパリへと旅立たせます。

何故、キジュはテヨンを行かせたのか?
少し前の別れる別れないの言い争ってるシーンで、テヨンは「恐かったのは他の人が秘密を知る事だった。世間は他人の不幸に寛大にはなれない。これから先、嘘に嘘が混じって一生ついてまわる」といい、それなら全て捨てればいいだろうというキジュに「全て捨てて私の所へきたらどうやって生きるつもり?二万の社員を捨てるつもり?生まれた時から持っていたもの、生きながら得たのも、捨てるからって捨てられる物なんてない。唯一捨てられるものは私だから私を捨てて」と言います。格好よすぎです、テヨン。こういう別れのシーン・描写は良く使われますし、私自身嫌いじゃありません。

でもね、テヨンは格好いいんだけど何ていうのかな・・・弱いンですよ!
守ろうとした「秘密」も弱かったし、それまで二人に立ちふさがっていた会長もチェ理事も、最後は腰砕けのようになってるし。おまけに「やっぱり出た!交通事故&記憶喪失!」のスヒョクに至っては、せっかくの心遣い(とはいわないですね)も、独りよがりにしか見えなくて・・・
場面として「デザイン流出事件」で会社の信頼が大きく揺らぎ、経営不振に陥るとか、それこそキジュが(めっちゃこじんまりした 笑→)株主総会で解任されるとか、もっとこう「どうしようもない運命の流れ」見たいなものがあったら、テヨンの格好よすぎるセリフももっと生きてくるし「好きだけど別れる。いつか何処かで会えるかも知れないその時まで、ずっと愛してる。いろいろあった障害も解決して二人を引き裂くのもは何も無くなったけれど、でもここで一度別れなければきっとダメになる・・・」と、離れる道を選んだテヨンを、そして辛いけど送りだすキジュを「二人とも頑張れよぉ~」と見守れた気がするんですよね、個人的には。

んで、2年間お互いがお互いを思いながらパリとソウルでそれぞれ前向きに頑張っている。傾いた(と決めつけてる 笑)会社を立て直す為、新車開発を軌道にのせ、そして遂に新車発表を無事に終わらせたキジュはテヨンを迎えにパリへと向かう。テヨンも最初とうって変わって今度キジュに会えたなら、胸を張ってあえるようにフランス語も映画の勉強も頑張っている。
となりゃ、キジュがいきなり整備工みたく油まみれになっていても、二人がパリの街中を恐ろしくすれ違い続けても(笑)噴水の前での再会はOKだと思うんですよ。絵的にはものすごく地味だけど・・・(苦笑)

そして、騒がしかったラストと私にとっての「パリ恋のここがツボ」については・・・次回です(^^;)

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2005.05.20 (Fri)

『パリの恋人』を見てあれこれ思うこと。その1

何度も書いてる「スーツ萌えでメガネ君好き。ついでに手(指)フェチ(笑)」である私にぴったんこのヨンヨンがひょっとしたら演じていたかも知れない「パリの恋人」
ヨンヨン萌え同士であるemuさんトモトモさんが次々と主人公のハン・キジュ(パク・シニャン)に陥落・・・「キジュ萌え」になる原因や如何に、とまあ気になって気になってしょーがなかったドラマを遂に見終わりました!
「ロマンチック・ラブコメディー」って自分から進んで観る方じゃないんですが、笑って泣いて・・・うん、面白かったです、ホント!
パリでの出合いから前半部分のテヨンとキジュのやりとりは、それこそラブコメ全開で「おっ?キジュってお笑い系?」と一瞬思ったり、話の転がり方もイジメキャラのユナも予想を裏切ることなく(笑)ガンガンいってくれてよかったんだけど、だからこそラブコメから徐々にトーンが変わっていく後半、テヨンとキジュから笑顔が消えて、涙目が多くなっていくのは結構辛かったです。
相変わらず韓ドラ特有の「ちょっとまったぁ~!」と思うところも多々あり中だるみもちゃんとありましたが(あかんやん!)全体として良く出来ていると思いました。
また、既に「韓国版」BS・地上波(関西はまだです)では放送され、あろうことか「エンディング」が何種類もあっておまけに全てが公になってるからあちこち中々騒がしかったようですね。
と言う事で、ドラマの感想等を「私、何様?」状態でお送りしたいと思います(笑)多分2、3回続くかと・・・ちなみに見たのは「韓国版」です

まず、何から書いていいのやら・・・取りあえず外堀から(笑)
ご多分にもれず「出生の秘密」がドラマに大きく横たわっております。
主人公のキジュはGD自動車の2代目社長。彼には年の離れた姉キヘがいて、実はこの姉が「母」であり、未婚で産んだ子がキジュだったというのがハン家にとって33年間守り通した「秘密」。この「秘密」の為にキジュがテヨンがスヒョク(キジュの甥、実は弟)が翻弄され傷付き、おまけに私が泣く(えっ?関係ない?だって18話からは泣・・・)でも、皆さんも書かれていますが「息子」が「孫」だったとしても一族には変わりないし、事業を継ぐ事にさして不都合があるとは思えない。能力さえあればOKじゃない。私もそう思いました。
キジュが産まれた時点では、17才で子を産んだ娘キヘを、家の名誉を会長は世間から守りたかったからついた「嘘」だったのでしょう。でもキジュが成長するにつれ、キジュ自身を守る為に嘘をつき続けなければならなかった。
2代目としての将来を約束されてはいたけれど、キジュは努力もしていたと思うんですよね。日本のドラマで「生まれながらに持っているものを持ち続けていくのは容易いことじゃない」っていうセリフがあったけど、キジュもきっとそう思って頑張ってきたんだと思うし、そんなキジュの頑張りを誰より近くで見ていたのは会長だと思うんですよ。でも、もし「秘密」ばれたら・・・父親がいない事の特異さは「冬ソナ」の時にもありましたね。「チュンサンは本当に不幸だった。だから父親をあげたかった byカン・ミヒ」
本編でもユナがキジュの秘密をテヨンにバラした時「血筋を重んじる韓国人がどう思うかしら」と言ってたかと。てことで、結局はこの「息子」と「孫」の違いは文化の違いという事で逃げる私(苦笑)

ただこの「秘密」にまつわってのスヒョクの行動・・・最初は「なにしてるン?この子」と思って見てました(笑)けど、今はなんとなく判るかな?
いってみればスヒョクは望まれなかった子です。キヘはキジュを産んだ後、望まない結婚をして、欲しくなかった子供をもってしまった。その子は何かにつけイヤな相手を思い出させるから、自然と態度にも出るのでしょう。そんな母にスヒョクは思いっきり甘える事もなく、代わりに叔父のキジュの後ろに隠れてずーっと過ごして来た。何話だったか忘れたけど、スヒョクが「秘密」を知った後、川辺で昔を思いだすシーンがありました、よね?幼いスヒョクとキジュは川辺で遊んでいる。キヘは花束を手に川辺に立たずみ、やがてキジュを呼び共に一本ずつ川に投げる。これは自分が唯一愛したキジュの父親への花だったのでしょう。この時幼いスヒョクには何だか判らないけれど、孤独感みたいなものがあったのかなと。
また、18話でキジュと殴りあいのケンカになってとうとうキジュに「秘密」を言ってしまうシーンで「兄弟だったら、最初から同じ時点で出発してたら・・・叔父さんの物全て自分のものでもあるんだなと思ったら止まらなくなった。何度母さんと呼んでも、いつも叔父さんの母さんだった事が苦しくてたまらなかった」と心情を吐露するスヒョク。
最初から無理だといろんなことを諦めてきた自分にも、ひょっとしてチャンスがあったのかもしれない(デザインの才能はあるようだし)と、まあある種ご都合主義的発想をするスヒョクを、そして愛しているのに一番愛して欲しい人に愛してもらえない、愛情の裏返しでやりたくもない行動を、言いたくもない言葉を言ってしまうスヒョクの気持ちを「ボンボン」特有の甘えたで片付けるにはちょっと可哀想かなと思うけど、どーでしょ?甘い?(苦笑)

あっこんな時間・・・続きは次回・・・(^^;)

EDIT  |  01:33  |  ドラマ  |  TB(1)  |  CM(0)  |  Top↑

2005.05.07 (Sat)

市役所前のキス

芸術と言ってしまうと堅苦しくなるけれど、割と美術館や写真展に足を運びます。
(このブログのおバカさ加減からしてちょっと違うかもしれませんが、はは)
先日もお気に入りの美術館何必館(かひつかん)で開催中の「ROBERT DOISNEAU(ロベール・ドアノー)展」に行って来ました。
この美術館、ちっちゃいんですけど、最上階に吹き抜けの坪庭と茶室があります。
この坪庭の前のソファーに座ってぼんやりと揺れる枝葉を見てると、も~リラックスの極地!です(笑)

お目当ては何だったかと言いますと・・・
好きですね~『市役所前のキス』(あと『恋人達の逃亡』も好きかな)
多分一度は見た事があるのではないでしょうか?こちらのtopです。
昔、ポスター買おうと思ったけど、ちょうどパズルがあって、確か1000ピースかな、ええしっかり完成させました(^^)

この写真は「20世紀の最も有名なキス」の写真だそうです。
以前、この写真のオリジナルがロベール氏のサイン入りで海外のオークション(!)にかけられて、2100万円という値段で落札されたそうです。
ん~やっぱあるところにはあるんですね、お金・・・と、つい呟いてしまいますが(^^;)

実はこの写真を落札したのは、そう写真の彼女です。
彼女は大学生だった頃、学校をさぼっては恋人と街へ繰り出してはとりとめのない話をしたり、キスしたりして過ごしていたそうです。今はシルバーグレーの髪になってしまったけれど、落札した写真を手にしてにっこり微笑む彼女は写真に写っている50年前と変わらずステキだった。
「私の青春だったの・・・」
そう言う彼女の横で一緒に喜ぶ御主人はどうやら写真の彼氏とは違うようだけど、でもスゴク微笑ましくて「いいな~こういう年の取り方・・・」と思ってしまいます。

ドアノー氏はパリ以外どこにも旅行した事がなかったそうです。
それって写真家として自ら可能性を狭めてしまうことにならないのか、と思うのですが、好奇心を持ってパリ市内を自由に歩き回れば可能性なんていくらでも広げられるんですね。・・・まだまだ判ってない私(苦笑)

EDIT  |  22:21  |  雑感  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2005.05.01 (Sun)

『きみ読む』と『エターナル~』と韓ドラと

こぼれる記憶、消す記憶そして失う記憶

GW前半最終日(ウチはカレンダー通りの出勤なもんで)ですから、ひとつ穏やかな形でいきたいと思います。多分、後半で一度吠えると思うので(苦笑)

少し前になりますが『きみに読む物語』と『エターナル・サンシャイン』を観ました。どちらも「記憶」を扱っている点は共通してます。で、「記憶」といえば「記憶喪失」とくれば「韓ドラ」かと(笑)無理矢理ですが、2つと半分、並べて語ってみます。

『きみに読む物語』・・・今や老人性痴呆(アルツハイマー病)となり、療養施設で暮すアリー(ジーナ・ローランズ)の元へ、定期的に通う初老の男性ノア(ジェームス・ガーナー)は、彼女に物語を読み聞かせている。奇跡を信じて。古き良き時代の、小さな町・・・きらめく夏の日に始まった恋の行く先を。
『エターナル・サンシャイン』・・・ジョエル(ジム・キャリー)はケンカ別れしたクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)が自分の記憶を消してしまった事を知り、自らもクレメンタインとの記憶を消す事を決意。しかし、いざ「記憶を消す作業」が行われると、彼女との思い出は、その一瞬一瞬がかけがえのないものだと気付く。けれど一度始まった「作業」は止める事が出来ずに、果たしてジョエルのとった行動の結末は。

思うに「記憶を消す(忘れる)」という事は、人間だけに与えられたものだと思うんですけど、ちがいますか?『エターナル~』は、この「消す」という行為を自ら選択する事によって起こる喪失感や後悔が、主人公達に「本当に大切なモノはなんなのか」を気付かせ、やがて再生へと導いていきます。人は辛い事や悲しい事、イヤな事があると、それを思い出すようなモノを遠ざけることによって、心の奥深くに沈めてしまい「なかった事」にしてしまいます。でも、これは「忘れた」事になっているだけで、実は「忘れていない」。いつか何処かでキッカケがあれば蘇ってしまう。

一方『きみ読む』で、アリーの「記憶」はアルツハイマーという病によってサラサラと砂のように「こぼれて」いきます。どんなに止めようとしても・・・
アリーは記憶がこぼれていく事に気がついた時から、ノートにこれまでの愛情と人生を書き留めていきます。「毎日読んで聞かせて。そうすれば私が誰なのか、あなたが誰なのか忘れずにすむから」と。
ノアは彼女の言う通りに読み聞かせますが、アリーが戻ってくる時間も回数もだんだんと少なくなっていきます。これ、本当に辛いんですよね。今まであんなに愛情を向けていたのに自分を愛していてくれていたはずなのに、全てがなかったことになるんです。毎日毎日少しづつ、本当に「こぼれていく」。まさしく「無」になっていくんです。

そして、ドラマでよく「(事故による)記憶喪失」が小道具(?)として使われます。目につくのは韓ドラが多いかなぁ。て言うか代名詞?
個人的にはこの「記憶喪失」って恋愛物の場合、反則だと思うんですよね。確かに主人公の片方の記憶を強制的に「失わせる」ことによって、新たな展開を仕掛けられたり、記憶が戻る過程で一波瀾作れたりするし、記憶が戻った時は「やっぱりあなたが(君が)一番大事だ」なーんて治まり方になりますから、それはそれで感動なんでしょうが・・・でも、記憶を失っていた時も新たな「記憶」は積み上げられていて、その時は多分に本来の対象じゃない人に対してですし。そうなると「戻った」時にその失っていた時の「記憶(思い出)」に対してのケリの付け方に「?」があったりして。んー上手まとめられませんが・・・

人は若い時、元気な時は「思い出」なんてさして重要とも思わない。今が、この瞬間が一番大事だと思っています。ジョエルとクレメンタインのように。でも、人は確実に老いていきます。老いると言う事は「時間」が無くなっていくということ。新たな「思い出」は作りようにも作れなくなります。やがて「記憶」が全てになるのです。その中にある「思い出」が全てになるのです。そう、アリーとノアのように。

「こぼれる記憶」「消す記憶」そして「失う記憶」
誰かが誰かの「記憶」の中にほんの少しでも居ることが、人が生きている事の一番の証なんじゃないかと思うのです。
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