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2005.01.31 (Mon)

僕は笑顔と手のきれいな女性が好き!

ふーん、そうなんだ、ヨンヨン・・・
「僕」をに「女性」をヨンヨンにかえれば、ほら!私の気持ちの出来上がり(^^)あ、「手」より「声」か?

なんでも、ヨンヨンがこんなにブームになる直前に台湾での雑誌インタビュー「僕はこんな女性が好きだ(The Criteria Of "Her")」で答えた理想のうちの一つらしいです。
なんかタイトルもミョーにストレートすぎてこそばゆい(苦笑)

読んでみると他にも「一番大切な要素はフィーリング」とか「才能と能力を見せてくれて、自信を持ってる人」とか「品位があって(僕が友人達の影響で良く変われたから)僕の友人と上手くやってくれる人」とか・・・
あくまで雑誌の要約だし、多分通訳を介してのインタビューだろうし、ニュアンスもうまく伝わってないだろうし、と一応それなりに差し引きの部分を考えては見たけれど。はっきり言って「普通いや平凡?すぎる・・・」ヨンヨン。
何かその辺の男性とさして変わりない理想なんですね(スイマセン、その辺呼ばわりしました、日本の男性の皆様)
別にスターだから特別高い理想を持たなくてもいいし、一般人と同じくらいの理想であるなら、世の女性には希望もあるでしょう。

が、しかし・・・やっぱこれってハードル高し!じゃないですか?
「才能」の基準も「能力」の基準も「品位」の基準も、どれもこれも基準はヨンヨン(笑)
要求されたもの以上のものを、私達に見せようと努力を積み重ね、実際に期待以上のものを見せてくれる。そんな人が基準です・・・無理です、ダメです(って何も私がどうのと言われている訳じゃないです ^^;)
あと「外向的な人とはつきあうのが大変だった。それに僕のやっている事を批判的・悲観的に言う人もだめ」らしい。
ってことは「才能、努力、品位、そしておしとやかで僕の第一の理解者」てことですね・・・
「第一の理解者」ってところはハイハイ!って手をあげる女性は私を含め、ゴマンといるでしょう。でも、全てを兼ね備える女性っていない・・・あ、財閥令嬢なら可能か(って韓ドラの見過ぎですか)
と言うことは、今となっては別れてしまった彼女はひょっとして、とっても貴重な(っていいかたもヘンですが)人だったんですね。何かそう考えると、アジアで、とりわけ日本で人気が出た事が別れの遠因だとしたら今更ながらにちょっと胸がイタイです、人の恋路を邪魔したみたいで・・・

そんなこんなのヨンヨン「嫁問題」今後どんな展開があるんでしょうかね、トモトモさん!(ホントでっかいお世話だとは思いますが ^^;)
ま、自分が好きな人には幸せでいて欲しい。これってきれいごとじゃなく、結構素直な気持ちですが、甘いかなぁ。
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2005.01.30 (Sun)

『ネバーランド』 そこは夢がかなう場所

嘘はつかない ネバーランドに連れていくよ

初のオスカー受賞なるかと言われているジョニー・デップ主演の愛情溢れる物語。
「西のヨンヨン、東のジョニー」と私の中で格付けされているジョニー・D
前作の『シークレット・ウインドウ』は「・・・あぁ」と肩を落としたけれど、今回は見事復活!

お話は、20世紀初頭のロンドンで劇作家ジェームズ・マシュー・バリが、あの有名なピーター・パンをどうやって生みだしたかというのが、緑あふれるケンジントン公園や社交場と化した華やかな劇場を舞台に語られていきます。

劇作家バリ(ジョニー)は新作の初日、舞台の袖から客席の反応を覗き見ては落ち着きなくステッキで赤いカーペットの敷かれた床を叩いていた。「失敗作」・・・新聞の劇評も最悪。今では気持ちがすれ違ってしまった妻メアリー(ラダ・ミッチェル)はそんなバリに慰める言葉さえ素直に出て来ない。失意のバリは愛犬(←びっくりするくらい大きい)をつれて公園へ。ベンチに腰掛け、革表紙のノートにペンを走らせているバリの耳に「すみません、僕の袖を踏んでいます」と子供の声が。この映画で「子役が凄い」と聞いていたので、私はてっきりこの子がそうかと思ったのですが、違った。けど、この4男坊マイケル(ルーク・スピル)もイイです。かわいいし。こうしてバリは未亡人シルヴィア(ケイト・ウィンスレット)と4人の息子に出会います。

公園で「ごっこ遊び」に興じるジョージ(ニック・ラウド)ジャック(ジョー・プロスペロ)マイケルから1人離れ、冷めた目で見ている3男坊のピーター(フレディ・ハイモア:この子がジョニー&ケイトをもってして「凄い」と言わせた子でした)は、繊細すぎる故に空想の世界へ飛び込む事を拒否し、父親を亡くした今は、少しでも早く大人になろうとしています。そんなピーターを見て幼い頃の自分を重ねあわせるバリ。
ある日、バリ達は凧上げをしようと出掛けます。この凧上げエピソードくらいから実は私、泣いてました(>_<)って言うか勝手に涙が流れてきて、自分でもびっくり!
そして、この辺りから格式を重んじ、気位の高いシルヴィアの母親モーリエ夫人(ジュリー・クリスティ)の言動が比重を増し話を引き締めていきます。また疎外感を埋められないメアリーもバリとシルヴィアの仲を疑い、バリの日記を盗み見ますが何もなく結局ますます疎外感を強めていってしまいます。

4兄弟と一日の大半を過ごすようになるバリは彼等からインスピレーションを得て、新作を書きだします。劇場に遊びにきた4兄弟。バリとの交流の中で、ピーターも少しずつ心を解し、また、書くことに興味を持ちます。そんなピーターにバリは革表紙のノートをプレゼントして言います。
「今度の新作の登場人物に君の名前をつけてもいいかい?」

新作「ピーター・パン」の準備をするバリの耳にシルヴィア達家族との交流がよからぬ噂となり入ってきます。バリは一家を醜聞から守る為別荘へ避難させます。しかしそこでシルヴィアは病に倒れます。大丈夫だといいはるシルヴィア。「大人の嘘なんて、みんな同じだ」半端じゃなく取り乱すピーターをバリは黙って見つめています。
ロンドンに戻るも病院に行くことを頑として拒むシルヴィア。長男ジョージもどうしていいかわからずバリを訪ねます。「お母さんをお医者さんにみせよう。でもそれは君がしなくちゃいけないことなんだ」バリの言葉を黙って聞くジョージの顔はその時「守るべきものをはっきりと自覚した1人の大人」としての表情に変わっていました(←ホント必見)「君は今10秒で大人になったんだ」この場面は私の一押しです!
そして涙も流れ続けます(T_T)

そんな中「ピーター・パン」が初日を迎えます。バリは興行主のチャールズ(ダスティン・ホフマン)に『25席』を劇場内に散らばって押さえておくよう言います。
「芝居=プレイ=遊び」前作がコケた時にチャールズとのやり取りの中ででた言葉にヒントを得たバリは、新作をうんちくばかりで判断する大人達だけに委ねず「ワクワクはワクワクと」そのまま感じる子ども達に見せることで大人達の心にある垣根を取り払おうとします。結果、劇場は笑い声で満ち溢れ舞台が大成功をおさめます。

一方、医者に見てもらうも舞台の初日に行くことができず臥せるシルヴィア。そんな彼女を訪ねるバリですが玄関でモーリエ夫人がこれ以上関わらないでくれと立ちはだかります。そこへすっかり「大人」になったジョージがピシャリと言い返します。エライ、ジョージ!やっぱり私は皆がイイと言うピーター役のフレディ君よりもジョージ役のニック君を褒めたい!
そして、いよいよシルヴィアの命の灯が消えそうになる時、バリは彼女との約束を果たそうとします。シルヴィアと子供達(夫人も)に「ネバーランド」をみせるバリ。
「いいかい。少しの想像力とそれを信じる心を持って見るんだ」子ども達の、そしてシルヴィアの目には確かに「ネバーランド」が見えたのです。そうしてシルヴィアは「ネバーランド」へ旅立っていきます。

ラスト・・・公園のベンチに座るバリとピーター。父親を亡くした時と同様に母をも亡くした今、ピーターは再び心を閉ざそうとします。バリはピーターを優しく抱きしめます。「想像してごらん。そして信じるんだ。そうすればいつでも会える」
目に涙を溜めピーターは言います「母さんが見えるよ・・・」(T_T)

淡々として抑制の効いた演出や感動一辺倒じゃなく、クスっと笑える演技がさりげなく挿み込まれていて見ていて自然と涙が流れる・・近頃稀な作品だと思いました。実を言うと「ピーター・パン」の舞台を見たことも本をきちんと読んだこともなく「大人になりたくない子どもの話でしょ」と思いっきりはしょって思い込んでました。でもこの映画でピーター・パンは「早く大人になろうとしている子どもからできた話」なんだと思うとなんだかちょっと切なかったりする。映画は全編通して「現実」と「想像」が上手くミックスされ、何処からが想像の世界なのか(特にシルヴィア達がネバーランドを見る場面)ホント見ているこちらが想像しなくちゃならなくて、上手い演出でした。ただ、そうは言っても個人的にはバリと結局別れちゃう妻メアリーの葛藤があまり見て取れなかったり、もう少し4兄弟のそれぞれが「大人」にならざるを得ない描写が欲しかったなと思ったりもします。
いずれにせよ『想像力と信じる心』は持っていてソンはない、と心に刻んでおこうと思いました(^^)
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2005.01.28 (Fri)

怒りを力に変えて ~たとえば暴力的なヨンヨン~

前回があまりにオマヌケなテディ話だったので、ちょっと方向を変えて・・・

『暴力的』なのですか、ヨンヨンって?

人には「喜怒哀楽」という感情があります。この4つの感情がそれぞれオリジナルブレンドのごとく混じり合い、ひとりひとりが違った「感情」を宿し、そしてまた、他人とのかかわりの中でぶつかりあってまたそこで新たな「喜怒哀楽」が生まれていく。
人ってそうやって生きてきた生き物だと思います。
で、私にも「怒り」があるように当然ヨンヨンにも「怒り」はあるわけで・・・(逆にないと、え、それってどうよと思う)
例の「Xファイル」の件でいうと、ヨンヨンは「暴力(手をあげた)」を振るっていたという話(噂)ですが、さすがにこれは「んなこと(苦笑)」って思います、はい。

ただ私、ヨンヨンは基本的に「怒りの人ではないか」と思っていたりします。
感情を拳にのせる「怒り」ではなくて、んーなんて言うか人やモノに対しての「怒り」ではなくて「自分に対しての怒り」みたいな・・・精神的なものに対しての「怒り」みたいなものが常に心の底にあるような気がするのですが・・・

「怒り」が込み上げるとそれを爆発させようとする力が働きます。大声で怒鳴ったりモノにあたったり、そして「怒り」の先にあるものを力でねじ伏せようとします。一つの感情の流れとすればそれも「あり」なのかもしれないけれど、人には他に3つの感情があり、また理性というものも働きます。
「怒り」をストレートに拳に乗せるのではなく、考え、コントロールしていく。そしてそれを違う力にかえていく・・・たとえば相手を見返す為、次のステップへ自分を持っていく力へ。
大多数の人が大なり小なりの「怒り」をこうやって凌いでいるのだと思います。
昔何かのインタビュー記事で女優さんが言ってましたね。「例えるなら、いろんなバッシングの詰った風船が、まるで頭の真上で破裂して凄い勢いで降ってくる。それは違う、といくら大声で言ったところで自分の声なんてかき消されてしまう。それならいっそ黙って力を溜めておいた方がイイと思った」後に彼女はすっくと立ちあがり、見事微笑んでましたね。

ヨンヨンに話を戻すと、私の知りうるさして多くもない彼の情報でも、今までの俳優活動が決して順風満帆だったわけではありません。本音と建前の日本と違って、本音と本音の韓国にあっては「叩かれる時はきっとこてんぱんだったんだろうな」と思い「怒り」の大きさを想像します。クレバー(だと私は思う)な彼は声高に反論することもなく沈黙することを選び、周りを見て、考え、心を強くしてきたのではないかと。自分に対する「怒り」他人に対する「怒り」他人によって引き起こされる理不尽な「怒り」を全て自分の中で消化し、そしてあの微笑で立っている、と思う。ここだけ見ると「なーにカッコつけて、けっ!」とか言われそうだけど(苦笑)
だってファンなんだもん(←まとめきれずに開き直り ^^;)
EDIT  |  01:12  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(6)  |  Top↑

2005.01.25 (Tue)

極秘来日 × テディ = 外出

2月1日、即日完売とかするんでしょうか?joon bearって。
トモトモさんのところでも話題になってましたね。
テディベアーは好きだけど、ちょっとあれは・・・買わない。

フト思ったんですが(またアホな事考えました)確か12月に極秘来日した時の談話に「外出のクランクイン前にゆっくりしてもらうため」と「公式HPのサイバーテロ(この言い方も結構スゴイと思う)をうけて今後の対策をIMXと話し合うため」とか言ってませんでしたっけ???
話し合いにこのjoon bear製作プロジェクトも入ってたりして(^^;)

次回作はなかなか決まらなかったし、写真展に合わせての来日では事故のためにファンの前に姿を見せることすら満足に出来なかったし、おまけにHPはやむなく閉鎖する事態になっちゃうし。
そんなこんなでヨンヨンは考えました。「写真集の他にもう一つなにかプレゼントを・・・」「僕の代わりに、んーあったかい感じの・・・そう、ぬいぐるみ・・クマのぬいぐるみなんてどう?あはは」
と、言ったかどうかは知らないけれど(ってまず200%言ってない)、まあ私の中では唐突感があったのでお話が勝手にできちゃいました(笑)

「スペシャルナンバー大抽選会(会はない?)」までする力の入れようです、IMX。
今年もIMXにドキドキしなきゃいけないんだろうか(>_<)
唯一テディネタで興味を持ったのが「シリアルナンバー0001」がヨンヨンの手元にあり、その証拠写真(?)としてヨンヨンの書斎のソファーに座るテディが。写真には本棚が映ってるんですが、なかなかどうして本がいっぱい(当たり前ですが)どんな本を読んでるのか興味あり、です。それだけ(笑)

さてさて、確か「年末には・・・」が「あれ?今日あたりだったハズ・・・」
で、三度目の正直ですよね来月10日『外出』のクランクイン
それぞれの(事故にあう)パートナーって結構重要かなとは思うのですが、主役の二人以外のキャストが見えない・・・ん?発表になってるのかしらん。
撮影に四ヶ月程かけるらしく、編集・プロモーション等考えて(頼まれもしないのに段取りを考えるアホな私)今秋「韓日(日韓)同時公開」って感じですかね。

なにはともあれ、無事クランクインできますように・・・ホ・ジノ監督&ヨンヨン!
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2005.01.23 (Sun)

「嫉妬」を男偏に変えてみる~ヨンヨン編~

嫉妬は女性の特権のように思われているが、実は男の嫉妬ほどたちの悪いものはない」

AERAに掲載されている齋藤孝教授のコラムで紹介された『嫉妬の世界史:山内昌之著』の一文です。
「男の嫉妬で世界史は動いてきた。時として国家も国家に嫉妬する」という説のもと、徳川慶喜と勝海舟、島津久光と西郷隆盛、はては中東における幾多の戦争をもまな板のうえにのせ論じています。読んでみるとなかなか面白い本だったのですが、私が「引っ掛けた」のは、齋藤教授のコラムの方(ごめんなさい、山内教授)
日本社会では謙虚さや協調性が良しとされ、ややもすると嫉妬される方に配慮が足りないと言われる面があります。でも教授は「嫉妬される方よりもする周りの方が悪いよ」と言い、まずは認めましょうよと。
ここで出た例がイチローでありヨンヨンでありまする。

人は自分がやりたかったこと、成し遂げたかったことを他人が先んじてやってしまう、あるいは自分より能力が劣ると思っていた相手が成功を手に入れると、賞賛を与える一方で正反対の感情「嫉妬(妬み、嫉み)」が沸き起こります。これは男女問わずある感情だと思います。ですが特に男性は過去より仕事上で競争に晒されてきたが故に齋藤教授曰く『他人の能力に嫉妬する回路』が出来ている、らしいです。嫉妬を『感情』で受けるか『思考』で受けるか、右脳と左脳の違いですか???

イチローが大リーグで輝かしい記録を打ち立てたけれど、時立てば「そうは言っても最近のイチローってさ~(なんたらかんたら)」とやっかみネタも人の口の端にのぼるでしょう。ヨンヨンに至っては世の男性から既に「単なるいちゃもん」としか思えないケチのつけられようで(>_<)それでも最近はずいぶんとマシになったかとも思うのですが。~たとえば一昨日から書き残してる「SPUR」の特集記事の担当記者裏話なんかが、もっと取り上げられればイイのに~
そういえば以前どこかのサイトで「女の嫉妬は相手と同等のものを手に入れれば一応(それでも一応です)完結するけれど、男の嫉妬は相手から奪い取ることで完結する」と書かれてましたね。
で、齋藤教授はおっしゃいます。「よいものはよい。売れたものは売れた。自分が出来ないことをやった人は偉い。素直に認めることで嫉妬で縛られた身が軽くなる。まずはヨン様を認めることから始めませんか」と。
(やっぱりまずはなんだ・・・クスン)

私は『ぺ・ヨンジュン』という一人の俳優を知り、彼の5年後10年後の姿を見たいと思い見続けようと決めた1ファンです。「演じている彼」はもちろんの事、たとえば「10年間変わらず見守ってくれているファンがいるからこそここに自分がいるんだ」と日本でのファンミの時、わざわざ韓国からやってきたファンを紹介したり、圧倒的数を確実にさばける日本よりも、ためらわずまず韓国で写真集を発売する、そんな誠実さを、芯のブレない強さを好きになりました。全ての人に同じような感情を持ってくれとは言えないけれど、それでも彼がある一定以上の日本人を、広くアジアの人々を虜にしたのは多くの人が「いいんじゃないか」と思える「何か」があるのです。まずはそれを認めて欲しいと思います。
嫉妬するのは驚くほど容易い。でも一度心に巣食った「嫉妬」を消すことは容易ではありません。ここで、齋藤教授直伝の嫉妬呪縛からの解放・・・「嫉妬の文字を男偏に変えて20回書いてみる」とよいそうです。男性の皆様お試しあれ。
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2005.01.22 (Sat)

ヨンヨン以外にもオバサンヘアーが・・・

昨日見た「SPUR」のヨンヨン特集記事のせいで、もいっかい見て見てみようかと取出した写真集「The Traveller編」自虐的だわ。
手に取ろうとした時、フト本棚の隅っこにある本に気付きました。
「え?!」・・・『木村拓哉写真集』なんであるのよ、こんなとこに・・・・
いやいや自分が買ったんでしょ、約10年前に。いやはや。。。

そう言えばビデオで「あすなろ白書」を観て「私のメガネ君ゾーン(ってどんなんよ!)」に引っ掛かりぎみになり「ロンバケ」ですっころびそうになった辺りで、買ったのかなと、思う。
何故すっころばなかったのか?答えは「しゃべったから(笑)」
今はどうか知らないけど、ぶっきらぼうで、それでいてモゴモゴした喋り方や、インタビューなんかでやたらとでる例え話がダメでしたね、忘れちゃったけど。

そんなことよりキムタク写真集見て思ったんですが、スター(アイドル)写真集にはプール写真とベッドでゴロゴロ写真がお約束なんですね(笑 これってターゲットが女性なんだからってことか)
ヨンヨンにも掲載は少ないながらもプールでの写真はあるし、キムタクの方にもしかり。というか、カット数も多くて水も滴るイイ男ぶりがはっきりとわかります。水着も『黒』だし・・・
ベッドでゴロゴロ写真は、何とキムタクの頭がオバサンパーマ状態(笑)
イヤーこんな所にも共通点が!って感心してどうする。
それより見つけちゃった写真集、どーしよう・・・
EDIT  |  23:04  |  雑感  |  TB(1)  |  CM(0)  |  Top↑

2005.01.21 (Fri)

なんかやっぱりオバサンヘアーだわ

ヨンヨン!!

今朝、出かけしなにチラッとみたワイドショーで紹介してた「SPUR 3月号」
モード誌初登場!進化するぺ・ヨンジュンと題した特集らしく、でも、なんかやっぱり「もっさりヘアー」っぽくて・・・
でもってつい買ってしまいました。これって思うツボ?(苦笑)

この間の来日時の独占インタビューだとかで、ということは「Esquire」と「SPUR」の2誌が選ばれたんですかね。にしても、アートとモードなのになぁ・・・
今回の衣装(やっぱりGUCCIだ ^^)個人的には色や素材は好きだし(『冬ソナ』でも4話のユジンがプレゼンしてる時のミニョンのブルーコーディネートがお気に入りだったりする)似合ってるからイイっちゃイイんですが。如何せん髪型が・・なんか違う。。。なんで「マル」っぽくするんだろ。
最高にオバサンっぽかった写真集「The Traveller」よりはマシかと自分を慰めてみたりする今日この頃(>_<)
今フト思ったけど、写真集って本人、ポラチェックしないのかな?
してて「素通り」だったらそれはそれで二重にショックかも(苦笑)
ま、私も人にエラソーに言える程のセンスがあるわけじゃなし、単なるファンのワガママなんですけどね(そろそろサラサラドンヒョクヘアーの再来を希望!)

ワガママついでにもうひとつ。
掲載写真の中に「SPUR」を手にニコッと笑顔で「ハイ、ポーズ!」の写真があります。
個人的にはこれはやって欲しくなかった・・・なんかヤだ。それだけ・・・
どこまでもワガママな私。
EDIT  |  21:41  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2005.01.19 (Wed)

劇団☆新感線RX『SHIROH』

新春観劇第1弾!は・・・劇団☆新感線RX 『SHIROH』

好きですね、新感線って。おバカなギャグには時として思いっきり引いてしまうけどこの劇団特有の「疾走感」は捨て難い。いのうえ氏言うところの「なんちゃってミュージカル(←ようはパロディー)」は今までにもありましたが、今回は本格的オリジナルロックミュージカルで勝負!です。セリフのほとんどを「歌」でいくので(レ・ミゼと同じかな)かなり本気で歌える役者をそろえてます。力はいってます(笑)

お話は・・・徳川3代将軍家光の頃。九州・島原ではキリシタン弾圧が激しさを増している。隠れキリシタンの指導者、益田甚兵衛は「神の御子」である息子の四郎時貞(上川隆也←見直した!)に挙兵を促す。確かに昔、四郎は奇跡を起こす「力」を持っていた。しかしある出来事をきっかけに既にその「力」は失われていた。苦悩する四郎は自分にしか見えない少女リオ(大塚ちひろ←大当たり!その1)に問いかけます。「力を失った私は神の御子ではない。私はどうすればいい」リオはただ見つめるだけです。四郎は助けを求め「さんじゅあんの闇市」へ向かい、そこで一人の少年シローに出会います。
天草の海岸で異人の子達と難破船に住むシロー(中川晃教)は不思議な力(人の心を操る歌声)を持っていた。「ここに居場所はない」と仲間達と難破船を修理し自由な海へ出ていきたいと願うシローに江戸から来たお密(秋山菜津子←大当たり!その2)が声をかけます。「その歌声を天草の人達に役立てる気はないかい」

闇市で出会った「四郎」と「シロー」の前にキリシタン目付が現れます。とっさに歌声で敵を操ろうとするシローの前にリオが現れ言います「今は歌わないで!」シローは掴まり牢獄へ。間一髪、闇市の元締め寿庵(高橋由美子)に助けられた四郎は自分にしか見えないはずのリオが見えるシローを目の前にして戸惑います。そんな四郎のもとに父甚兵衛や姉お福(杏子)が捕らえられたと知らせが。ついに四郎は兵を挙げます。一方、牢獄にいるシローの前に再びリオが現れ言います「歌って、シロー」・・・やがてシローも甚兵衛達に向かって生きる希望を歌います。四郎とシローに導かれ内と外から牢獄は破られ、ついにキリシタン反乱軍が反旗を翻します。

その頃江戸では、老中・松平伊豆守信綱(江守徹←ピッタリ)が打開策を練っていました。が、もとはと言えば伊豆守が隠れキリシタンや豊臣の残党など戦国の名残りを一気に始末しようと画策し、伊賀のくの一お密とお紅(高田聖子)らに探させた「火種」が、島原・天草の二人のSHIROH
一時は優勢だった反乱軍は徐々に追い詰められていきます。幕府軍の砲弾を浴びる原城の中で「二人」はお密から伊豆守の本当の狙いを聞かされ・・・翌朝、幕府軍の集中砲火の中、3万7千の反乱軍は次々と命を落としていきます(このあたりは効果音やアンサンブルの歌声でかなりウルウルきました T_T)甚兵衛も寿庵もそしてシローさえも。独り残った四郎は神に祈ります「力を・・奇跡を」四郎は寿庵の代わりに神に召され、寿庵に3万7千の命の上に成り立つ「天下泰平」の世を見届けるよう願う。

いや~新年そうそう堪能致しました。最初にも書きましたが「歌える役者」がそろっているので安心感、安定感が抜群でした。ミュージカルの場合、アンサンブルが聞きとりにくいことがあったりすると一気にテンションが下がるのですが、なかなかどうして一言一言ちゃんと「言葉」が聞き取れる。これって結構スゴイです。パンフをみたら、やたら音大出とか元劇団四季とか、ま、当然ちゃ当然ですかね・・・
メインキャストも「めっけもん(笑)」揃い!
中川クン(サンじゃないな)は今更言うこともないくらい歌は完璧。多分芝居だけだと弱い部分も見えると思うけど、今回はミュージカルでなおかつ「歌」で人を操る御子役なので「歌」でOKかと(甘い?)
で、一番はなんといっても秋山菜津子さん、あんなに歌えるとは正直ビックリです。ストレートプレイでよくお見かけしてましたが、もっとミュージカルに出るべきじゃないかと個人的には思います。ホント凄い!大塚ちひろちゃん(まだ10代らしい)も透明感あるストレートな伸びある声で、これまた将来的に期待大。
そして、上川隆也!いや~見直しました。もともとあんまりタイプじゃないので(笑)可もなく不可もなくってラインにいらっしゃいました。あ、「白い巨塔」の弁護士役は主役を喰ってたと思います、はい。前宣なんかで「歌がダメ」としきりと言ってたので「ミュージカルに出るのにそれはないでしょ・・・」だから、彼の第一声を待つ時はまるで母親の気分(笑い)「声、出てーー」とマジ祈っちゃいました。
イイ声です、ほんと。ただ、今回相手が悪かった。中川クンじゃ勝ち目ない。芝居はもちろん安心して見られるんですけどね(笑)
あと杏子にしろ高橋由美子にしろ江守徹(一番歌でソンしてたかも)にしろ、今回の公演はメンバーが揃いすぎて・・・だからチケット代高いのか?
新感線のメンバーは当然張りきり度100%でよろしゅうございました(笑)

一ついえば、もう少しコンパクトにまとめれば(上演が休憩入れて多分3時間半くらい?ちょっと長い)メリハリがついて良かったんじゃないかと素人は思います。四郎のシローの「力」を羨ましく感じる屈折した感情なんかをもっと前面に出してもよかったかも・・・
出来れば「再演」を望む演目ですね。これは・・・
EDIT  |  01:06  |  映像・舞台  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑

2005.01.18 (Tue)

ヨンヨンとマルコビッチの『危険な関係』完

「もう一度会いたい」そんな願いも空しくウォンはカンファ島への道半ばで絶命してしまいます。ウォンが最後に流した涙は後悔なのかそれとも・・・
初雪が辺り一面を白く染めた朝。湖畔に佇むヒヨンの指先には、かつてウォンへの愛に気付いた頃に願いを込めて染めた鳳仙花の花の色が微かに残っています。「北京へいつか一緒に行こう」と言ってくれたウォンの優しい微笑みを思い浮かべ、ヒヨンは薄く氷の張った湖面を歩いていきます。小さく音をたてて割れる湖面。そこにはウォンがヒヨンに送った赤い襟巻きだけが花の様に浮かんでいます。ヒヨンは悲しみのあまりウォンを追ったのではない。もうウォンに触れることは出来ないけれど寂しさは感じない。ウォンと過ごした10日間はきっと一生分の時間と同じだけ重くかけがえのないものであり、本当に愛された確信があるから・・・

チョ夫人はウォンの死によって、ようやく自分の愚かさに気がつきます。復讐なんかの為に、つまらないプライドの為に愛を賭けの道具になんかしなければウォンはずっと側にいてくれただろうか。今となっては確かめる術もない。側仕えが持ち出したウォンが書き溜めていた春画はまたたく間に世間に広まり、チョ夫人には姦通罪の為追手がかかります。身を窶し小舟に乗ったチョ夫人が大事に持ち出した布に包まれていたのは、賭けが成立した日にウォンが気紛れに差し出した白い小さな花束。風に舞い散るその乾いた花びらはウォンの元へ届くのだろうか。それとも何処かへ・・・

一方「ハリウッド版:危険な関係」は復讐心から始まり「愛」を賭けに使う設定はほぼ同じですが、社交界の華メルトイユ侯爵夫人(G.クローズ)とプレイボーイのヴァルモン子爵(ジョン・マル)に血縁関係はなく、昔恋人(愛人)同士だったというところと、ヴァルモンが狙うトゥールベル夫人は未亡人ではないというところが話を追う点で大きく違います。
豪華なロココ調衣装に身を包むメルトイユ夫人は衣擦れの音に乗せて欲望や虚栄を醸し出し、扇の間から復讐心や嫉妬心を煽る。「再婚しなかったのは二度と男に命令されたくないから」と言った夫人に、ちょっとシンパシーを感じたりして・・・あれ?
ラストが圧巻。ヴァルモンに捨てられ失意のうちに死んでしまったトゥールベル夫人や、結局セシルをキズものにしてセシルを想うダンスニー(キアヌ・リーブス)に刺されて死ぬヴァルモンも全ての発端はメルトイユ夫人の策略だったことが、あっという間に社交界に広まります。オペラ座にあらわれるメルトイユ夫人。今までならすぐさま近寄ってきた男達は誰一人来ず、逆に全員からあからさまなブーイングを受けます。「愛を信じる方が悪い」とばかりに毅然と一人で立つメルトイユ夫人。屋敷に帰りドレッサーの前で化粧を落とすメルトイユ夫人。無言の中に愛を信じられない哀れさが感じられます。

で、ヴァルモン演じるジョン・マル(省略します、すいません)は、どうみても美男子とはいえないが、フェロモン全開、近寄っちゃいけないと思いつつそれでも引き寄せられる感じが抜群に上手いです。じっと見つめられると服まで脱がされそうな(笑)絡み付く視線やけだるい雰囲気は社交界きってのプレイボーイに相応しい。この点ヨンヨンは負けてます(T_T)ただ、ウォンがヒヨンへの愛を知った後とヴァルモンがトゥールベル夫人への愛を知った後の愛への誠実さの表現では、ヨンヨンが勝ってると思うのですが、贔屓目???

こうして同じ原作の二つの作品をくらべると、私は二人が決して結ばれることのない関係であるウォンとチョ夫人の緊張感の方が「真実の愛を求めることは人生をかけるほど真剣なものだ」というメッセージがより強く伝わる気がしましたがどうでしょう。

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2005.01.17 (Mon)

ずっと忘れないでいること

世界中どんな場所にいようと、見上げれば平等に太陽が昇り1日が始まる。
それなのに、牙を剥いた自然や争いでそれがある日突然奪われてしまう現実がある。

形ある物はもう一度造りなおせばいいけれど、二度と造りなおせないものは覚えておくしかない。そこに確かにいたこと、「数」ではなくそれぞれの人生があったことを。

ずっと忘れないでいることは難しいけれど、でも一番大切なことだと思う。

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2005.01.16 (Sun)

ヨンヨンとマルコビッチの『危険な関係』その2

ヒヨンの側にいてヒヨンに触れる。カンファ島での10日間はウォンの心に変化をもたらします。ウォン自身は気付いてないだろうけど(いや気付かぬフリをしていたのか)ゲームとしての「愛」が自分には一生関係がないと思っていた「真実の愛」に少しずつ変わっていった。自分自身がはっきりと自覚していない状態であったとすれば、チョ夫人への手紙や褒美を貰いにいった時のウォンの言動が少しは理解できるかと(無理矢理か)

ウォンからの手紙でウォンさえまだ気付いていないヒヨンへの「本気」を感じ取ったチョ夫人は、キリスト教徒弾圧をもって間接的(直接的?)にヒヨンを陥れようとします。それを知ったウォンはチョ夫人に会い「ヒヨンを賭けから外すよう」言いますが、チョ夫人が首を縦にふるはずがない。逆に助けたいのなら自分が何をなすべきか解るだろうとウォンに引導を渡します。この時ウォンははっきりと自覚したのでしょう。ヒヨンを心の底から愛していることを。
ヒヨンを助ける為、いいかえればヒヨンへの「真実の愛」を守る為にウォンは「嘘」をつきます。必死に感情を、溢れそうになる涙を押さえ込みヒヨンに言います「あなたを愛してなどいなかった」と(泣・・・)

ウォンはヒヨンとの別れをチョ夫人に告げると同じに、チョ夫人に対しても別れを告げます。「もう会わない」チョ夫人はこの時、はっきりと自覚しました。ウォンが自分の手からするりと抜けていってしまう。「あの自分だけに見せていた微笑み」が二度と手の届かないところへいってしまう。言い様のない喪失感をもったのでしょう。押さえられない叫びと花瓶の割れる音が雨音に溶けてしまいます。
からっぽの心を抱えて伝染病の蔓延する島へ戻りただただ病人の看護をするヒヨン。
ウォンは愛する人一人すら守れなかった自分を責め、酒に逃げる。そんな二人にとどめを刺すかのかのようにチョ夫人は罠をかけ、結果、ヒヨンの義弟(ヒヨンに恋心をいだいていた)に刺されウォンは痛手を負います。
意識の薄れる中、ウォンはヒヨンに会いに行こうとします。「自分が信じられない時が一番恐かった。まだ間に合うなら私を許してくれますか」
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2005.01.15 (Sat)

ヨンヨンとマルコビッチの『危険な関係』その1

先日、名画座で『スキャンダル』を観て来ました。で、年末深夜TVで『危険な関係(88年ハリウッド版)』をやっていたのでそれを交えてのお話。

二つとも原作は同じフランスのピエール・ショデルロ・ド・ラクロ作『危険な関係』
18世紀、革命前夜のパリ社交界を舞台にした耽美な愛憎劇。形式として「書簡集」の形なので、本としてはちょっと読みづらい・・・と思います。
ハリウッド版主役はグレン・クローズジョン・マルコビッチミシェル・ファイファー。クローズとマルコは怪優(でしょ、違うか?)どうし火花の散り方が尋常じゃない。
一方韓国版はイ・ミスクぺ・ヨンジュンチョン・ドヨン。こちらも、火花は散るんだけどなんて言うかアジア特有の湿った感覚が全体を覆っている感じ?でしょうか。

さて韓国版『スキャンダル』は昨年公開時に一度観て、DVDは買ったものの何故か本編より収録時間の長い「特典映像」をみて満足してしまいそれっきり(苦笑)
今回、改めてスクリーンでみて思ったのですが「人を愛するということは、たとえ嘘、偽りに彩られたとしても本質的に人生を賭けた真剣なものである」というなかなかどうして、ある種ストレートなメッセージを感じたのですが、どうでしょう。

オープニングシーンは祭礼を執り行っているユ長官とチョ夫人(イ・ミスク:よいです ^^)と、同じ屋敷の中で連れ込んだヌードモデルとそのまま情事になだれ込んでるウォン(ヨンヨン)のカットバック。チョ夫人とウォンの関係やウォンの軽薄で自堕落な様子に「おっ!?」と思わせ引き込んでいくのはさすがです。

チョ夫人とウォンは幼い頃から共に育ったいとこであり、ウォンにとってチョ夫人は初恋の人。多分チョ夫人にとってもウォンはいつも自分だけを見つめていてくれる、意識の中では常に寄り添っている「半身」のような存在だったのでしょう。しかし子に恵まれぬが故、夫が若い側室を迎えることになり復讐の為に側室を誘惑するようウォンに持ちかけたところから、そして、ウォンは結婚前に死んだ夫に9年間も貞淑を守り通しているヒヨン(チョン・ドヨン)に興味を持ったところから話は動きだし、チョ夫人の愛に駆られた嫉妬、ゲームとしての愛だったはずがいつしか真実の愛になり戸惑うウォン、傷付きながらも真実の愛を知るヒヨン、それぞれの「愛」がやがて悲愴なラストへとなだれ込みます。

ゲームスタート!ウォンはあの手この手でヒヨンに言い寄ります。ウォンのアプローチに偽りを感じ取り、頑に拒絶するヒヨン。
クォン夫人宅の池での船遊びの場面。ウォンはヒヨンの表情を柔らかな微笑みを携え見つめています。それを見ているチョ夫人。あの微笑みは自分だけのものだったはずなのに・・・ウォンはチョ夫人の視線に気付き微笑みます。チョ夫人自身も気がついてなかったのか、この時からチョ夫人の「嫉妬」が燻りだしたのではないかと私思うのですが・・・
ウォンによって今まで無意識のうちに避けてきた「愛」というものに次第に向き合うようになり「私は愛というものをしらなさすぎた」と泣くヒヨン。綺麗です。騙し傷付きそれでも徐々に二人の心は真実の愛を求め、やがてウォンとヒヨンはカンファ島で結ばれます。
が、ちょっと待った!ウォンはここからチョ夫人にヒヨンを落とした事、約束の褒美を用意しておくよう手紙を書き送ります。ってことは、ウォンはこの時はまだヒヨンをゲームの駒として見ていた?ん~でも、海岸を歩いているヒヨンが「北京に行けば私達は堂々と夫婦といえそうで」とウォンに言った時、ウォンはヒヨンを愛おしげにそっと抱き締めます。やっぱ ウォンはヒヨンを愛し始めていた??でも、カンファ島から帰っていそいそと花束なんか携えてチョ夫人に会いに行くウォンの自慢気な表情・・・
この「手紙」がかえってウォンの心情を分かりにくくしてるように思うのは私だけ?
長くなりそうなので、続きはあした・・・
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2005.01.11 (Tue)

初めてのファンレター

えっと・・・(引き算で)2005-1925=80 えーーーーっ!
今月のお誕生日で80歳になられるのですね、ポール(ショック)
軽くめまいを起こしそうです、私。

「ポール・ニューマン テスト走行で発火事故 無事脱出」
なる記事こちらを見つけた時には「まだ走ってたの?相変わらずやな」と心配の度合いも正直低かったです。だって、02年の「ロード・トゥ・パーディション」でも極端に老いた感じは見られなかったし・・・

実は彼ポール・ニューマンは、私が始めてファンレターなる物を書き送った相手なのです(^^:)
あれは中学校で英語を習いたての頃でした(ちょっと遠い目・・・)
それまでに映画好きの親戚の叔父さんが持ってくる「キネマ旬報」や「スクリーン」なんかを見、名画座でかかる「スティング」や「明日に向かって撃て!」でその完璧なまでの『碧眼』に魅入られてしまっていた私は、何とかコンタクトを取れないものかと日々考える誠におバカな中学生でした。
その時点でポールは「おじさま」の域にあったけれど、恋する乙女(ホントバカ)にはそんなことは何の関係もございません。

しかし、あれこれ考えた所で所詮考え付くことなんて知れてます。
習いたての英語を駆使(???)してクリスマスカード&ファンレター(便せん3枚の大作!)を送る!!!
「誠意(笑)は通じる」と中学生の心に残ったかどうかは忘れたケド、なんと、ある日彼のエージェントから一通のエアメールが・・・中にはポールのサイン入りプロマイドがはいってました。嬉しかったな、ホントに(笑)
そして月日は(当たり前ですが)平等に流れ、彼は80、私は・・・ああ。

それにしても、ポールは「24時間耐久レース」に出るつもりらしかったけど、いいのかなぁ。過酷なカーレースに年齢を言い訳にせず挑戦する事はある意味素晴らしい事だとは思うけれど、ずっとファンでいる私の願いはやっぱり演技する彼をスクリーンで見ていたい。これかな。
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2005.01.10 (Mon)

『冬』より『春』でしょ?ユン監督・・・

とうとう言っちゃいましたね、ユン監督・・・
「冬ソナの映画化を考えています、皆さんがこのドラマを忘れないように」

人ってその出来事が大きければ大きい程(この場合だと反響が大きければ大きい程)中心にいると状況判断が狂うのかな?
いつか誰かが言い出すんじゃないかと思ってましたが、まさか監督ご自身からとは。
「ドラマや映画は最終的には監督のもの」とよくいいます。確かに『冬のソナタ』がこれだけの反響を呼んだのは、監督の演出力(特に主演二人(ヨンハ君ごめん)の魅力を最大限引き出した事)や、テーマ設定、独特の映像美があるでしょう。でもそれだけじゃ日本でここまでの、いわゆる「社会現象」にはならなかったんじゃないかと思います。ブラウン管のこちら側の意識や感覚、時代背景、あらゆるものが幸運な偶然で重なりあったからこそだと思うのです。

そして幸運な出会いから、私達の心に深く刻まれた作品だからこそ、そんなおいそれとは忘れません(断言!)私がこのブログを始めた遠因が「冬ソナ」であるように(ちなみに近因はヨンヨン ^^;)世間では数多くの人が某かの影響を受けたでしょう。(でないと「冬ソナ専用機」なんて飛行機飛ばせないよ、普通・・・)
それ程の力を持った「作品」なんです。

映画化に際しては「主演二人は別キャストで、内容・テーマは同じで」とおっしゃったとか。新キャストもやりにくいだろうな・・・見る側は多分無意識のうちに比べてしまうだろうから。韓ドラでいろんな「枷」を見てきたけど、これが一番の「枷」かも・・・

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2005.01.09 (Sun)

HONGKONGでヨンヨンに出会う

今勤めている会社では、年に一回9日間の休暇を取る事が決められてます。もちろんダーっと連続でもいいし、分割してもいい。聞こえようによっちゃ「ええ会社やね」となるんでしょうが、ま、ようするにこうでもしないと有給休暇の消化が進まないという一面もあったりする(苦笑)
で、昨秋「どーしよっかなぁ」と考え「久方ぶりに海外なんぞは如何?」と友人を誘い、これまた運良く「近場ならいいよ」との返事をもらい、決定したのが「きままな旅 香港4日間!」
ヨンヨンファンなのに(ちなみに友人は興味なし)何故、ソウルではなく香港なのか・・・んーそれはいろいろ思う事もありーの、です。

で、年末、年度末はとてもじゃないですが休めない。抱えてる仕事の〆なんかを考えると、ホントもう「ここしかない」ってまさにピンポイントの日程が11/25からの4日間  あらま、すれ違いですかヨンヨン・・・
別に日本に居たからといって、成田にいった訳でもなく単にTVで追っかけるだけなんですが、そこはほら、海外だとこの手の情報って手に入るようで入らない。
取りあえず、めぼしいワイドショーなんかを録画予約(いつもはワイドショーのとりあげ方に文句いってるくせに、と自分にちょっとつっこんでもみました)

ところが・・・「今回は御縁がなかったのね(泣)」と出国したにもかかわらず、意外なところでお会いしてしましました。それも2回。
って、現地の「The Standard」と「WeeKend Standard」っていう新聞。私は朝、新聞(というか活字?)がないと何か1日忘れ物した気になって、旅先でも極力手に入れるようにしてます、たとえ読めない言語であっても(←バカですね)
当然今回も、いつものように読めもしない全ページ英語の新聞をペラペラとめくっていたところ「あ、ヨンヨン・・・」無意識に呟いておりました。

26日の記事は「Frenzy for baby-face bae」とタイトルされ、前日の成田での日本人ファンのお出迎えの写真と、日本でのヨンヨンの人気ぶりが書かれている、と思う、多分・・・(全訳してないので、解る単語と雰囲気で、こんな感じかと)
Baby-faceって、なんか解るけど面と向かって言われると「え~ Baby-faceぅ~」とちょっと反発したい気持ちになります。
で、27日は例の事故後の沈んだ顔のヨンヨン、赤ジャケ姿のちっちゃい写真でした。

同じアジアとはいえ、離れた場所で思いもよらない形で出会うと嬉しいやら恥ずかしいやら(ってなんで恥ずかしがる?)
やっぱアジアのスターなんだと再確認の香港の旅!でした。
ちなみにこのお話、今日部屋の片付けをしていて自分へのお土産に持って帰った新聞を見つけたもんで、書き残しておこうと・・・
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2005.01.07 (Fri)

違和感の理由

昨日から今日にかけて「スマトラ島沖地震被害に対してヨン様ファンの寄付殺到」なる記事が目につきました。ようは「人気俳優ぺ・ヨンジュンがNGOを通じて3億ウォンの寄付をしたところ、それを知った日本人ファンからの寄付の申し出が急増した」と言うお話なんですが。

私は「冬のソナタ」で韓国俳優ぺ・ヨンジュンを知り、続いて見たドラマ「ホテリアー」でトモトモさんが言うところの「完全にすっころんだ」状態になり、今にいたっている1ファンです・・・なんですが、んーこの記事を読んだ時も、以前彼のHPでのファンのやり取りを見ていても感じていたのですが、何故か私には「ファンであるのだけれどファンであるが故の居心地の悪さ」みたいなものがずっとついてまわってました。自分でも理由を掴みきれなくて何となく悶々とする今日この頃。

でもって1日ぼんやりと(会議中でした、課長ごめんなさい!)考えていたんですが
「あなたがするから私もする」そこに自分の感性や主張はありません。
あちこちで取り上げられるファンの言動から、極端な話、ぺ・ヨンジュンがあの微笑みで「右を向いてて、ずーっと」と言ったならホントにずーっと向いてる、ん、違うなぁ、向く向かないじゃなくてそう言われた事に対して「わかったわ!」と素直に従う自分に満足しているとでもいいましょうか、そんなファン像が透けて見えるようで・・・
しかし少なくとも私は一言「何で?」と聞いてから右を向くでしょう(笑)

記事の件にしても、募金をする行為に対して何の反対もありません。が、言い方は悪いですが、ぺ・ヨンジュンの行為に「つられて」するその先にいるのは被災者ではなく、あくまでぺ・ヨンジュンしかいないと私には感じられるのです。そしてそこに私は違和感の理由をみたように思いました。
が、単にひねくれてるだけなのかなぁ???

人の数だけ思いがあって、思いの度合いも千差万別だし、この違和感は私だけが感じるものかもしれないな・・・
ともあれ、ひねていようがピントずれしてようが(笑)私は私のやり方で、ずっと見守っていけたらいい。
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2005.01.06 (Thu)

『情事』繋がりの『イルマーレ』

無理矢理繋げたようなそうでないような・・・(お正月に録画してあったので)

『情事』でミスク姐さんの相手役をつとめたイ・ジョンジェと今や韓流ヒロインど真ん中にいるチョン・ジヒョンが織りなすラブファンタジー、かな?

お話は、海辺に建つ一軒家に引っ越してきたソンヒョン(イ・ジョンジェ)は、ある日郵便受けに奇妙な手紙を見つける。
「イルマーレに住んでいた者です。大事な手紙を待っています」
手紙の転送を頼むその文面の最後に書かれた日付けは1999年。今は1997年だし、第一この家の最初の住人は自分「イルマーレ」とつけたのも自分。ソンヒョンはいたずらだと思い、手紙をポストに残したウンジュ(チョン・ジヒョン)もまた1997年の日付けで返信してきたソンヒョンの手紙をいたずらだと思う。しかし、何度かのやり取りの後、ふたりはイルマーレの郵便ポストが時空を越える役割を果たしている事に気付きます。

ソンヒョンは家庭を顧みなかった有名建築家である父との間に深い溝があり、建築学科に在籍するも「家族を知らない自分は設計できない」と工事現場で働いています。一方、ウンジュは駆け出しの声優。夢の為に恋人の留学についていかなかった為、恋人からは音信不通状態。なのに今だ恋人を忘れられずにいます。そんな二人は手紙のやり取りを通して次第に心を開きます。
ソンヒョンは忘れられない愛に苦しむウンジュに言います。「誰かを愛してその愛を失った人は何も失わない人よりも美しい」と。
ウンジュもまた、わだかまりが解けぬまま逝った父の死を受け止められないソンヒョンに、(住んでいると暖かな気持ちになる)イルマーレがソンヒョンの父の設計であり、愛の形は一つじゃないと伝えます。

ウンジュは音信不通の恋人と偶然出会い今だ彼を忘れられない自分に戸惑い、ソンヒョンに言います。「彼が私のもとから離れないようにして」と。いつしか本気でウンジュを愛するようになったソンヒョンはウンジュの願いを聞き、留学前最後のデートをするウンジュの元へ向かいます。でも、それはソンヒョンの死を意味する事に気がついたウンジュは急いでイルマーレのポストへ向かい手紙を置きます「ソンヒョンさん、そこには行かないで!」ここは結構グッときました(^^)
そして1999年最初のシーンに戻り、まさに引っ越そうとするウンジュに一人の男が話しかけます。「これから僕がする話、信じてくれるかな」

んー時系列に相当無理があるし、ロマンチックちゃあロマンチックなんですが・・・
きっとノレなかったのは主人公(男)が好みじゃなかったから(笑)
子犬のコーラは可愛かったけど(お腹上にして寝る姿が ^^)
前半は結構イイなと思ったんですが、後半、特にラスト。こういった時空を行き来するような話の場合、当の二人を出会わせるのはルール違反だと思うのですが。運命勝手に変えちゃったって事ですもん。違った意味で韓国映画の力わざを見た気がします。

思うにヨンヨンは「不倫もの」よりこっち系の方がきっと合うけど、本人の旺盛なるチャレンジ精神が(あくまで良い意味で ^^;)じゃまするんだろうな・・・
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2005.01.04 (Tue)

『スキャンダル』繋がりの『情事』

贔屓の役者の出ている映画や舞台を見た時、その共演者で「この人いいかも!」って思う事あります。
昨年ヨンヨン初主演映画スキャンダルを見た時のチョ夫人を演じたイ・ミスクがまさにこれ!
いやー惚れ惚れしました、ミスク姐さんとお呼びしたい(笑)
演技力もさることながら、特にラスト。全ての策略が公になり、追手を逃れるため小舟に乗り込んだ場面の、華美なものは何もないのに透明感ある美しさがあまりに綺麗で・・・

それで他の作品も観たいと思い『情事』(監督はスキャンダルと同じイ・ジェヨン)をチョイスしました。
お話はザ・不倫ものです。建築家の夫と一人息子の三人家族で裕福な暮らしを送っている専業主婦ソヒョン(ミスク姐さん)はアメリカで忙しく仕事をする妹の変わりに彼女の結婚準備をするため、先に帰国した婚約者ウインと会うようになります。ウインを演じているのはイ・ジョンジェ(残念ながらタイプではありません。聞かれてないけど・・・)徐々に惹かれあう二人。ヤバいと思ったのかどうなのか、ソヒョンは「家が落ち着くの。何か新しく始めるなんて考えもしない」とウインに言い、逆にウインは子供の頃暮らしたブラジルの話をし「湖に太陽が沈む時、辺りが赤色に染まる光景をあなたに見せたい」と言います。ソヒョン39才、ウイン28才。当然28才が押しまくります。でも、全然ガッついてません。あくまで淡々と、です。だからこそ、余計惹かれるソヒョン。
ついに一線を越えてしまうソヒョン。あとは雪崩をうったように崩れ落ちていき、結果二人の関係は夫、妹に知られる事となります。家を出たソヒョンは、ウインが見せたいと言った湖を目指し一人ブラジル行きの飛行機に乗ります。一方ウインは婚約解消後アメリカへ帰る事になりましたが、直前、行き先をブラジルに変えます。エンディングは同じ飛行機に乗っているとは知らない二人のショット。
このラストショット、イイと思いました。こういった話の場合、ラストシーンって閉息感があるのがほとんどだと思うのですが、これには、ひょっとしたら湖も畔で二人が会えるかもしれない、そんな未来感みたいなものがあるように思えて好きです。

淡々とした流れの中セリフも少なく表情で見せるんですが、やっぱりウマいです、ミスク姐さん(^^)
大胆なSEXシーンも何度となく出てきますが(ゲームセンターとか小学校の理科室とか、ね)イヤらしさを感じさせないし。逆にソヒョンの「(自分のもとに)遅れてやってきた本当に愛する人」ウインへの押さえられない気持ちが切なく迫ってきます。それに時代劇と違ってメークもナチュラルで、一層その美貌が輝いて見えます。

そうそう、ソヒョンの家へ来た妹がソヒョンと婚約者の関係を知ってしまう場面。私の中では韓国映画のこういった修羅場のシーンって物凄い剣幕で怒鳴ったり、下手したら掴み合いになるかと失礼ながら思ってましたが、違った。妹は「私に姉なんかいない。二度と会わない」といって、毎年ソヒョンの誕生日に送っていた「鉱石」をリビングの水槽めがけて投げ付け去っていきます。水槽から飛びだし床で跳ねる熱帯魚。ソヒョンはまるで自分の姿の様にそれを見ています。イヤん、恐いです、この方が(苦笑)

さ、ヨンヨンの次回作も確か「不倫もの」でしたね。お相手はソン・イェジン、22才。若い・・・
監督の作風からして、同じ不倫ものでもこのバージョンにはならないでしょうが(苦笑)いったいどんなイメージでいくんでしょうか。ラヴシーンもひょっとしてKISSどまり???
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2005.01.01 (Sat)

私考『冬のソナタ』完

何があっても忘れない

ついにチュンサンは何故自分が10年前突然ユジンの前から姿を消そうと思ったのか、その事実を知ります。到底受け入れ難いその事実を前に、今度こそ崩れ落ちそうになります。チュンサンは決心します。崩れ落ちてしまう前にユジンの前から姿を消す事を。「海を見に行こう」とユジンを誘うチュンサン。「船を買って何処か遠くへ行こうかと」言うチュンサンに対し「さみしくなるからイヤ」と感覚的に答えるユジン。そういえば昔「二度と会わないって決めたら我慢するか会いに行くか」と聞いたチュンサンに対し「会いに行くわ。会いたいのに理由なんていらない」とこれまた感覚的に答えたユジン。10年経っても変わってないんだと、個人的にはミョーに可笑しかった場面です。
別れる決心をしたとはいえ実際にホンの一瞬、市場でユジンを見失った時チュンサンは激しく動揺します。これから先、本当にユジンが側にいなくても生きていけるのか。いくら自問しても答えなんて出ません。やっとの思いで運命を味方につけたコインもカメラもそしてポラリスのネックレスさえも海に投げ捨てます。
私が唯一チュンサンの行動で納得がいかないのが、この「黙って姿を消す」という行為。10年前も2度目の事故に遭った時もそして今回も(もっといえば失明するかもしれない事が判明した時も)「ユジンの為に」とチュンサンは黙って姿を消そうとします。これって全然ユジンの為じゃなく、これ以上自分が傷付きたくないという自己防衛に他ならない。メモ1枚で、あるいはサンヒョクに代弁させるなんて卑怯だよチュンサン(私、この代弁行為さすがにサンヒョクも可哀想だと思った)こんな別れ方をしたら、きっと残されたユジンはまたもや「氷結チュンサン」を造ってしまうでしょう・・・

ユジンはようやくチュンサンが何故自分の前から姿を消そうとしたのか、その理由を知ります。そしてどうにもならない、逆らえない運命であったとしても「愛した事は恥じていないし、これからも愛していく」といい、チュンサンも今度こそ「何があっても忘れない」でいることを約束します。
そしてようやく判明する真実。でも、またもやチュンサンは黙ってユジンの前から姿を消します(だから黙っていくのは卑怯だって言ってるのに・・って)サンヒョクはユジンにチュンサンを追いかける様に言います。でもユジンは追いかけなかった。どうして?旅立つ前日、チュンサンはユジンを呼び出し言います「君を守れなくてごめん。僕の為に君が幸せになれるように努力して欲しい・・・」
思うにユジンはチュンサンのギリギリ最後のプライドを守ってあげたかったんじゃないかと。それに、二度と再び会えないかも知れないけれど、でも、もしどこかで会えるなら今度こそ絶対気付いてあげられる。そんな思いがユジンの胸にはあったんじゃないかと思います。
そして3年後、二人はお互いが心の中に建てた家で再会し、このドラマは終ります。

たかがドラマ、されどドラマ・・・楽しめました、このドラマ(^^)
なんだかんだ言ってもやはり「原点」ですね、納得!
いわゆる「突っ込みどころ」も満載だし、シナリオも多分に御都合主義的な所も見受けられますが、それ以上に引き付けられる魅力がありました(特に俳優の魅力、中でもヨンヨンの魅力が大 ^^;)
『冬のソナタ』はチュンサンとユジンの初恋が主軸として描かれていますが、私には記憶する(忘れないでいる)ということの大切さが描かれたドラマでもあったのではと勝手に思っています。かたちのないものを覚えていることは、時間が長ければ長い程、難しい。ましてや人の気持ち(心)となると尚更です。でも「心で覚えている事は永遠に忘れない(BYユジンママ)」のです。いやー深い言葉です。
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2005.01.01 (Sat)

私考『冬のソナタ』その2

気付いてあげられなくてごめんね

お正月から何やってンだか(笑)ホントにもう・・・

ユジンと別れた後、ミニョンは様々なきっかけがもとで自らの言い様のない過去の出来事を知らされます(12~14話、好き ^^;)
自分があのチュンサンだった事や記憶を植え付けられた事。
彼にとって確実に存在していたはずのこの「10年」は、実は形のない過去の上にかろうじて存在していた。苦悩するミニョン、よいです・・・せめてユジンには自分の、チュンサンとしての自分の存在を解って欲しいと思うミニョン。一方、事情を知らないユジンはミニョンに置いてきた心を思い、そしてその穴を埋めようと「ミニョンとチュンサンの違い」を語ります。全てが足もとから崩れ去ろうとするなか、ミニョンを支えたのは「ミニョンとして愛したユジンへの思い」とそれに答えてくれたユジンの心だったのでしょう。

ミニョンはイ・ミニョンとして生きていく事を決めます。今となってはだた一つの確かなもの、チュンサンとしての自分がそこにいるテープの存在をユジンに残して。
そして空港・・・ユジンはようやく自分の直感が正しかったことに気付きます。あの雪の日、約束したのに、何処にいても寂しくないように覚えててあげるって約束したのに、気付いてあげられなかった・・・(空港シーンは号泣!)
ユジンはベッドに横たわるミニョンの手を握り、もう一度自分の意志で「ミニョン/チュンサン」を選びます。
僅かだけれど記憶をとりもどしたチュンサンは、あの日伝えたかった言葉をようやく思いだします『愛してる』(*^^* ←違うって!)ユジンもチュンサンに伝えたかった言葉を初めて口にする事ができ、この時点で氷結状態のチュンサンは完全に解凍(笑)めでたしめでたしってじゃあ「ミニョンとしての(ユジンへの)愛」「ミニョンへの(ユジンの)愛」は何処へいったの?ってことになるのですが・・・
話しは前後しますが、二人は記憶探しの旅で再び湖を訪れます。この時、チュンサンは結局なにも思いだす事ができませんでした。なにも思い出せないチュンサンを思っての、また、大晦日のあの日を思いだしてもらえない寂しい気持ちもあるでしょう。桟橋に佇んでユジンが言います「過去じゃない。愛しているのは目の前にいるあなただ」と。ユジンの前にいるのは言えば「ミニョンの記憶を持つチュンサン」です(ややこしいなぁ)ユジンの中にはミニョンへの愛も確かに残っていたし、この後、さらなる試練があるけれど、ずっとそれは変わらず残っていたと思います(この一言で全てを納得させるのは難しいですが)
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2005.01.01 (Sat)

私考『冬のソナタ』その1

私の初恋がまた私を呼んだらどうしたらいい

通学バスで一風変わった出合いかたをした高校生のユジンとチュンサン。
育った環境ゆえに他人との距離がうまく測れず孤独だったチュンサンと、明るく優等生の、でも心の奥底では父親を早くに亡くしたが為の淋しさをもったユジン。
チュンサンはユジンに手を差し出すことで影の国から一歩踏み出し、ユジンは自分の意志で差し出されたその手を握り「特別な人」としてチュンサンを選びます。こうして秋から冬へと季節が変わる中、二人は初めての恋に落ちていきます。
湖での初雪デートの時、ユジンはチュンサンの影を踏みながら言います。
寂しくないためには誰かがチュンサンの影を覚えててあげればいいんだと。
ユジンはこの時決めたんだと思います。私がずっとずっと覚えているからと・・・
しかし、この初恋はチュンサンの事故死であっけなく終りを迎えてしまいます。
チュンサンが突然目の前からいなくなってしまった事で、ユジンは彼を心の中に「氷結」し閉じ込めてしまった。聞きたかった言葉も伝えたかった言葉も覚えていてあげると言った約束も全て。そしてその結果、チュンサンはユジンにとって唯一無二のONLY ONEになってしまったのだと思います。

ユジンの側にはいつも幼馴染みのサンヒョクがいて、彼は大好きはユジンをどんな時も支えていたんでしょう。チュンサンが亡くなって10年後、二人は婚約しますが、私は酷な様ですがユジンはサンヒョクに対して男女の愛情はなかったと思っています。あるとするなら「情/家族愛」だと・・・高校時代差し出した手を掴んでもらえなかったサンヒョクはたとえ婚約者という立場を手に入れたとしても「幼馴染み>婚約者」の不等号の状態からは抜けだせないのです。
確かに10年という年月は長いし「情」が「愛情」に変わっていく場合もあるでしょう。でも、後にユジン自身が言っているように「誰もチュンサンの変わりにはなれない」んです。ユジン自身が心に閉じ込めてしまった氷結状態のチュンサンは、それこそ10年の間、少しずつ浄化され色褪せるどころかますます絶対化され深く心の奥へ沈んでいったんだと思うのですが・・・

そんな二人の前にチュンサンそっくりのイ・ミニョンが現れます。目もとが似てるとか横顔が何となく似てるとかのそんなレベルじゃなく、まんまチュンサンです。当然ユジンは動揺しますし、サンヒョクもしかり(彼にとっては悪夢の再来だったかと)
思うにユジンは「激似ミニョン」を見た時、直感(本能?)でチュンサンだと思ったんじゃないかな。ただ、確証がもてなくて、でも確証がほしくて気持ちがザワザワして、結果ミニョンに興味をいだかせてしまった。もし、ユジンが「他人のそら似」としてきちんと受け止めていたら、たとえば打ち合わせをかねた食事に誘われたとしても自然に受けただろし、ミニョンも、ま、ちょっと興味を持ってもそれ以上の進展はなかったかと(あり得ない希望的設定です)
そしてユジンに興味を持ったミニョンの言動は本人の意識するしないに関わらず、ユジンの心の奥底にあった氷結状態のチュンサンをひっぱり出し、ユジンもミニョンへの思いに戸惑いながらも自ら(内側から)心を溶かし出し始めます。
んー一言で言えば「ユジンの心/電子レンジ状態」(電子レンジって内側からもあったまるでしょ、確か(笑))
唯一無二のONLY ONEだったチュンサンがそうではなくなって、心にできたホンの少しのスペースにすっと入ってきたミニョン。忘れよう忘れようとしてますます忘れられなかったチュンサンを、ミニョンといるとチュンサンを思いだすけれど、思いだす事によってチュンサンを過去にできる。ユジンはポラリスの話をすることでミニョンをミニョンとして受け入れたのだと思います。
また、この後の展開で結局ミニョンと別れサンヒョクの元へ帰るユジンが言う例の「私あやまりません」発言も「チュンサンのものだったはずの心をもっていったあなたを自分も納得の上で選んだし、その心を置いたまま別れるのだから私あやまりません」とそっくりさんとしてではなく完全にミニョン本人として愛したからの発言なんでしょう、ね(ここはちょっと自信なし)

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